プロローグ (また、この夢……)  夢の中にいる女はそう思った。 「アンタはここで隠れてなさい!」  切羽詰った様な少女の声。勇気ある少年。おびえた少女。そして、鎧を身に纏った騎士。  ここはタペリ王国ディールの町の外れにある小さな孤児院。だが孤児院とは名ばかりで 年長者は十九歳の少女だった。人数も少女をあわせても三人しかいない。  そんな孤児院とは無縁そうな無骨な騎士が三人入ってくる。その騎士に向かって威嚇す るように短剣を振る少女と、剣を正眼にかまえる少年。 「何の用?ここはアンタ達みたいなのが来るとこじゃないわよ!」  その質問には答えずに、フンと鼻を鳴らしたのは、あごに髭をたっぷりたくわえた初老 の騎士だった。隣にいる二人の騎士も嘲る様に笑っている。 「フフン、お嬢さんは状況が分かってないらしい」 (分かっているわよ、この夢は何度も見たもの……)  と、夢の中にいる女はそう思った。 「アンタ達の下衆な考えなんか分かるもんか!」  と、持っていた短剣を投げる。狙いは眉間だ。だが、あっさりと無造作に引き抜いた剣 によって短剣ははじかれた。何か、最近こんな光景を見た気がすると、女は思ったが、こ の夢は三年も前の光景で、そんな事はありえるはずがない。 「無礼な奴だな」  と、無造作に距離を詰めてきた騎士が剣を上段から振り落としているのが、まるで、ス ローモーションのように…… 「姉ちゃん!」  と、横にいた少年がかばうように剣を差し出してくる。だが、少年の細い腕と、初老の 騎士の丸太のような腕では、腕力の差は歴然だろう。と、少年が剣を捨て、少女を抱きか かえるようにかばった。当然、抑える力の無くなった騎士の剣は…… 「ルド!!」  少年の体を斬り裂いた。容赦のない騎士は、それでも攻撃をやめようとしない。  少年の名を叫んだ少女は、少年の体を離すために必死になっている。このままだとこの 優しい少年は、死ぬまで少女をかばい続けるだろう。  (あたしはアンタにそんな事してもらいたくなかった。アンタの事が好きだったのに… …アンタの綺麗な金色の髪も吸い込まれる様な青い瞳も、その優しい性格も……)  少女をかばった少年に、最近会ったような気がすると、女は思ったが……そんなはずは ない。彼は三年前に死んでいるのだ…… 第二話「貴方の声が聴きたい……」 「エ……エレ……エレナさん!」  自分を呼ぶ声にぼんやりとしながら目を開ける。いつの間にか寝てしまっていたらしい。 たしか、一度朝に起きたのは覚えているから……今は十時くらいかな、と寝ぼけた頭で考 える。一日の四分の一を無駄に過ごしてしまったことから、朝に弱い自分が恨めしかった。  エレナと呼ばれた女性は赤い髪に琥珀色の瞳、中性的な顔立ちで格好もあまり女らしく ないが、胸のあたりはゆるやかな曲線を描いている。年齢は二十二、三歳というとこだろ う。多少やぶにらみの顔で自分を起こした者を見つめている。 「ん……ディークンか……」  ディーと呼ばれた小柄な少年は、利発そうな顔をややくもらせ、心配そうにエレナの顔 を覗きこんでいる。女性が羨む様な青い瞳にかかる長さの綺麗な金色の髪、年齢は十六歳 ほどの少年だ。 「大丈夫ですか?うなされてましたよ……」  まだ、寝ぼけた様な顔だが、目の前にいる少年が心配しないようににっこりと微笑んで みせる。と、先程の質問は無視して、逆にエレナが質問する。 「……どうかしたの?こんな所に来るなんて珍しいじゃない?」  質問されてディーが困った様に視線を宙に泳がせる。ここで初めて部屋の全景がディー の青い瞳に入った。部屋にはシングルベットが四人分、後は机が2つに、書棚が1つ、と いった感じの簡素な部屋。全体的には広いといった感じだが、シングルベットの数----四 人部屋なのだ----を考えると、少し狭いのではないだろうか。所々に置かれたぬいぐるみ 等の可愛らしい置物は、誰の物なのだろう、と邪推する。----間違っても目の前にいる女 性ではないだろうが----ここは、ハイペリオンアジトの女性四人の部屋なのだとディーは 知っていた。珍しいというエレナの言葉は的を射ている。なにしろ男でこの部屋に来るの はシールズくらいなのだ。 「……なにか悩み事?話してごらん?」  ディーが黙ってしまったのを見て、多少ベットの上で姿勢を正すと----と言っても、あ ぐらをかいている----こちらから促すようにまた質問する。他のハイペリオンメンバーに は見せない優しい声音。と、それが効いたのかは分からないがディーが口を開く。 「あの……笑いませんか?」 「?まあ……内容にもよるけど」  内容にもよるという言葉を聞いて、ディーがまた黙ってしまう。ここまで、この少年を 葛藤させるものはなんなのだろう、とエレナは思った。だが、ここでやめられると自分と しても気味が悪い。今日の夜は眠れないほど、この事を気にするだろう。それだけは避け たかった。なにしろ自分は朝に弱いのだ。夜は早めに寝ておきたい。 「あー……笑わないから話してごらん?」 「あの……」 「うんうん、何かな?」  先を促す様にこくこくと頷いてみせる。何か楽しそうなエレナの表情に少し不安を覚え たディーだが、一度勢いをつける様に息を吸い込むと先を話す。 「僕好きな人ができたんです!」 「ぶっ!ディ、ディークン声が大きい……」  シーっと言った感じで、人差し指を口元に当てる。それから、先程の様な楽しそうな表 情に戻る。いや、実際楽しんでるのだろうが…… 「ご、ごめんなさい……」 「んでさ、ちょっと質問だけど……」 「?」  不安な顔のまま疑問符を浮かべるディーにエレナが質問する。 「なんでここな訳?」 「?」  不思議な事でも聞かれたかの様に、また疑問符を浮かべる。エレナが頭をガシガシかき ながら、辛抱強く質問する。 「だからさ、なんであたしな訳?」 「あ……別にエレナさんに相談しに来た訳じゃなくて、あの、シールズさんが女性の事は 女性に聞くのがいいって……」 「あのバカ……」 「?ち、違うんですか?」  不安が的中してしまったかの様に愕然としたディーの顔を見ながら、エレナがフォロー を入れる。 「あー……間違いじゃないかもしれないけど、もうやめなさい、うん。」 「?は、はあ……」  女性四人の部屋でこんな話をしようものなら、ディーが質問攻めにあいかねない。あま りそういう事には免疫のなさそうなディーには地獄だろう。御多分に漏れず、自分もこう いう話は好きな方だ。相手がディーでなかったら冷やかし半分で聞いている事だろう。エ レナは今この時に、部屋に自分しかいなかった事を幸運に思った。そういえば、他の共同 部屋のメンバー達は何処に行ったのだろうという疑問が頭の中をよぎったが、目の前の話 の方がおもしろそうなので無視する。 「で?相手はハイペリオンの奴?」 「ち、違います」 「あ、違うんだ?そういう感じじゃないもんね」  どういう感じなのだろうと自分でも思ったが、そういう感じなのだろう。(謎)と、な ると相手が気になってくる。エレナはこの年くらいの子が可愛くてしょうがない、という 感じだが、そのひいき目を抜きにしても、ディーは美形で頭もいい。身長も170を超え ていて、低くは無い。この少年が好きになった幸運な女性とはいったい誰なのだろう。 「じゃあさ……」 「?」 「今から見に行こうか?」 --------------------------------------------------------------------------------  ここは、タペリ王国首都ミリタードの隣にある町、ディール。と、言っても町だったの は三年前の話で、今は一面焼け野原。ポツンと建っている砦が唯一の建造物である。  ここがハイペリオンのアジトになったのも三年前。この砦は元々、東の隣国ベルク王国 からタペリ王国を守護するために造られた物だった。三年前砦の守護者達が王国に対して 反旗をひるがえしたため、町ごとみせしめに滅ぼそうとした王国に廃墟も同然にされてし まったのだ。だが、元からいたハイペリオンメンバーと砦の守護者達とが力を併せ、王国 騎士団を撤退させることに成功した。今いるハイペリオンメンバーは、元からいる者と、 砦の守護者達なのだ。  その砦の中にいた、赤髪、赤眼の美形ではあるが、どこか軽薄そうなイメージを受ける 青年が、後ろにいた少女を手招きする。 「メルさんメルさん」 「何?シールズさん」  疑問符を浮かべながら近寄って行く少女は、青い瞳に透き通るような長いブロンドの髪。 身長は150半ばほどだろう。見た目は十六、七歳くらいだが、先月彼女は二十七回目の 誕生日を迎えたはずだ。  シールズがある部屋の扉に耳を当てている。なにやら盗み聞きしているらしい。  その部屋はメルフィアの部屋でもあり、今いるのはエレナ一人だという事をメルフィア は知っていた。寝ているエレナを起こすのがはばかれ、最後に部屋を出たのがメルフィア だからだ。そういえば一人ではなかった……今さっきディーが部屋に入っていったのを見 たが、何の用なのだろう?  それはともかく、シールズの前に来たメルフィアがもう一度訊ねる。 「どうしたの?」 「ふふっ、さっきさ、ディーに好きな人がいるって相談されたんだけどさ……」  なぜか嬉しそうな顔のシールズに向かって、メルフィアが年の割には童顔な顔を、意外 そうな表情に変えた。 「へえ……ディーさんが……で、何て言ったの?」  得てして女性はこういう話に弱いものだが、メルフィアも同様の様である。身を乗り出 す様にして質問している。 「女性の事は女性に相談してみたらって、言ったら、ホントに女部屋行ったわけよ」 「シ、シールズさん……それはちょっと酷いんじゃないかな?(汗)」  女性四人に質問攻めされたら、たまったものではない。と、思いつつ、自分も気になる のではあるが……でも、まあ今はエレナさんしかいないのだし……エレナさんならディー さん相手になら冷やかし半分で聞く事はないだろうし……と、自分を納得させる。それよ りも話の内容の方が気になるのだ。(爆) 「でさ、エレナって、妙にディーには甘いじゃんか?やっぱさ、ディーの事好きなのかな あって、思ったわけ。だから、相談させて反応を見ようかと……ぷぷっ」 「そうかなあ、私には弟みたいだから可愛がってる様に見えるけど……」 「そこが素人の浅はかさ。絶対ホの字だね」 「素人?(汗)」  メルフィアの疑問は無視して、シールズは扉に耳を当てる。と、メルフィアもかなり気 になってるのか、隣でいつの間にやら耳を当てている。(爆)中では、確かにそう言った 会話が成されてる様だ。特に好きな人ができたんです!の声は大きかった。(爆)だが、 その先は小さい声で話しているのか、所々しか聞こえない。二人は悔しそうにしているが、 さすがに中に入るわけにはいかない。 「そういえば……相手がエレナさんじゃないなら誰なの?」 「……そういえば聞かなかったな(汗)」  ハア……と、メルフィアが溜息をつくが、再び扉に耳を当てようと思った時----ドアが 突然---- 「いっ!」  メルフィアはなんとか反射的に避けたが、シールズは完璧に扉に耳を当てていたので、 避けられなかった。それどころか、反射神経がいいのが仇になったのか、避けようとして ぶつかったのは耳ではなく、鼻だったらしい。鼻を痛そうに押さえているのが、その証拠 だ。赤い瞳が少し涙目になっている。 「……アンタ達、何してんの?」 「……えーと(汗)」  困った様に痛そうなシールズを見つめている。と、そのシールズの鼻から血が出ている。 「大変。シールズさん鼻血が出てる(棒読み)」  これはしめたとばかりに、メルフィアがシールズを連れて行く。かなり身長差があるの で、つらそうに見えるが、危なっかしい足取りではない。彼女は大剣使いで、かなりの腕 力がある証拠だった。と、自然に立ち去ろうとした----つもりなのだろう----メルフィア の背中にエレナが声をかける。 「メルフィア!」 「え、えと、何かな?」 「ちょっと、出かけてくるよ。その馬鹿に代わりに説教してやってくれよ」  ニヤリ、と笑いながら背を向けて入り口の方に向かっていく。この表情からして、シー ルズの考えなどお見通しなのだろう。と、そのエレナの後ろに、ディーがトコトコとつい ていく。 「ふう、ばれなかったみたいだね」  ……彼女は天然だった。そして、シールズはまだ鼻を押さえていた。(爆) -------------------------------------------------------------------------------- 「で、その娘は、バルディウムにいるわけね?」  バルディウムと言えば、最近あの子のお見舞い行ってなかったな、と思い出す。帰りに 花束でも買って、ついでに行くかとも思う。 「そうです。魔術協会に行く途中でぶつかったんですけど」  エレナの問いに答えたディーは魔術協会の一員だ。本当ならば、まだ魔術学校に通って いる歳だが、ディーによると卒業課程を二年ほどすっとばしたとかなんとか……そういう のは学校に行っていないエレナには分からないが、かなりの努力が必要なのではないか。 「は?ぶつかった?これまたベタな……(汗)で、少しくらいは話したの?」 「それが……どう話していいのか分からなくって……」  面目なさそうにディーが言う。それを聞いてエレナが困った様な表情をする。 「あらら……じゃあ、探すのも難しいかな(汗)」  バルディウムの街は複雑に入り組んでいて、よほど通りなれてる者でなければ道に迷う ほどだ。まあ、魔術協会に通いなれてるディーがいるので、大丈夫だろうが……自分もま あ、この街にはそれなりに詳しい。 「んー、じゃあ、あたしの用事先に済ませていいかな?」 「あ、どうぞ」  用事と言ったエレナが先に進もうとしないので、ディーが困った様な表情をしている。 彼には彼女の用事が何なのか分からないからだ。 「……」 「?エレナさん……どうしたんですか」 「いや、なんでもないよ。ちょっと遠回りするけどいいかな?」 「?かまいませんけど」  と、エレナが複雑に入り組んでる路地を通り抜け、一軒の花屋に来た。歳の頃は十歳く らいの女の子が店先に立っている。エレナが彼女の頭を撫でながら…… 「お手伝いしてるんだ、えらいね。一束もらえるかな?」 「うん!」  元気よく答えた女の子がエレナに花束を手渡す。また、頭を撫でながら、ありがとうと 言って手を離す。と、ディーが微笑ましい表情で見てるのに気づいた。 「え?なに?」 「……エレナさんって子供好きですよね」 「う、そうかな?」  頭をガシガシかきながら照れた表情をする。やはりこういうのは昔の経験によるものな のだろうかと思う。三年も前の話だが、エレナは孤児院で子供達の世話をしていた事があ る。と、言っても、自分もその時は十九歳で子供だったのであるが……  孤児院といっても、そんな大層なものではなかった。同じ境遇の子を集めて、エレナが 盗賊ギルドで稼いだお金で、生活するというとんでもないものだった。  そんな事を考えながら歩いていると、目的地が近づいてきた。と、しばらく無言だった ディーが口を開く。 「あ、このあたりですよ。彼女に会ったの」 「ふーん、あたしの目的地もこの辺なんだけど」  なんだか嫌な予感がする。第六感とでも言うのだろうか。いや、まさかとは思うが…… 一応聞いてみるかと口を開く----彼女の特徴をだ---- 「そ、そういえばさ、その娘の特徴はどんな感じなの?」 「えーと、プラチナブロンドの髪に……」  ビンゴだ。だが、髪色だけで判断するのは早計だろう。 「赤い瞳で……」  (汗)嫌な予感が膨らんでいくのを止められなかった。 「年齢は……うーん、十七歳くらいですかね?」  ……ばっちりだ。と、最後にもう一つ聞いてみる。 「し、身長は?」 「んー、メルフィアさんよりちょっと高い……」  その後は聞こえてなかったように、エレナは先程ディーが言った言葉を思い出していた。 (それが……どう話していいのか分からなくって……)  それも当然だろうと、思うと同時に頭をかかえる。と、ディーがエレナの服を引っ張り、 嬉しそうな表情で声をあげる。逆にエレナの表情は体調が悪そうだ。 「彼女ですよ、彼女!」 「う、うん」  ディーが彼女と言った少女は、聖職者協会の前に誰かを探す様に立っている。エレナの 目的地も聖職者協会だった。  ディーは何を話していいのか分からないではなく、どう話していいのか分からないとそ う言っていた。それも当然だろうと、もう一度思う。  彼女は耳が聞こえないのだ…… -------------------------------------------------------------------------------- 「で、やっぱり気になるので、追跡してるシールズです」 「どこに向かって喋ってるの?(汗)」  いきなり虚空に向かって喋っているシールズに不信そうな言葉を投げる。あの後メルフ ィアの治療を受けてから、二人の後をつけてきた。向かっている場所はどうやら、バルデ ィウムらしい。先に行った二人も中央平原を通っていったので、それにならう。  中央平原とは、その名の通りタペリ王国とベルク王国の中央にある平原である。その南 の方にバルディウムがあり、東に行けばベルク王国の町ラスランである。北にはロレン山 脈がある。そして、西は廃墟ディールだった。 「そういえば、剣士ギルドからこないだの報酬もらってなかったな」  バルディウムは協会、もしくはギルドなどがいくつも散在している街で、王国とは無縁 の自治都市である。人々から依頼を請け負い報酬をもらうことで、自治をたもっている。 王国も魔術協会、聖職者協会、剣士ギルド、盗賊ギルド等に所属している者がバルディウ ムに多く存在するため、おいそれと手出しはできない。  ベルク側にも商人の自治都市と呼ばれるキャズウェルがあるが、それに対して、バルデ ィウムはギルドの自治都市と呼ばれている。 「こないだって、ノルウェルさんとこの浮気調査?」  仕事をえり好みしてはいけない、といういい例だった。(爆)まともな依頼が常時来る のは聖職者協会くらいで、他のギルドはこんな依頼も請け負わなくてはならない。 「ああ。盗賊ギルドにでも頼めっつうのな。なんで剣士が浮気調査なんか……」  ブツブツ言いながらも、請け負ってしまった自分が少し悲しくもあるのだが、こればか りはしょうがない。ギルドに逆らうと生活ができなくなる。  ちなみにノルウェルさんの浮気は誤解だったらしく、和解した二人は近々結婚するらし い。そういえば今日が結婚式だったのではないか……  と、そんな事を言ってる内にバルディウムについた。続けて二人の後を追跡する。 「盗賊ギルドと言えば、素人の俺らによく気づかないよな、あいつ(汗)」 「自分で言うのもどうかと思うけど、たしかにそうだね(汗)」  実は気づかない振りをしてるだけなのではないか……とは微塵も思ってない二人だった。 と、前の二人の足が止まる。気づかれたか!と、思い必死で路地に隠れる二人。 「やべ、気づかれたか」 「ど、どうしよ」  そんなに動揺するくらいなら追跡なんかしなければいいのに、と自分でも思うが、好奇 心には勝てない二人だった。と、そーっと壁から覗き込むと……  先程までいた二人の姿は見えなくなっていた。 「げ、いねえし」  とりあえず次の角を右に曲がってみる二人。……いない。回れ右で、左の方も見てみる 二人。……いない。次の角だろうか、と思い、次の角も見てみるが、二人の姿は何処にも なかった。こうなると複雑に路地が入り組んでる街で、たった二人の姿を探すのは大変な 労力だろう。二人で同じような表情で溜息をつく。 「しかたないから、結婚式でも見ていく?」  と、メルフィアが提案する。 「あー、後剣士ギルドにも行かないとな。まあ、そっちが先でいいか」  と、言った二人が式場に向かう。目的地は聖職者協会だ。 -------------------------------------------------------------------------------- 「ベルゼルガさん」  エレナに後ろから呼ばれた青年が後ろに振り返る。銀髪に、閉じているのではないかと 思うほどの、細く黒い瞳が印象的な青年だ。 「エレナさん、お久しぶりですね」  にっこりと微笑んで見せた後に、申し訳なさそうに。 「すみません、今結婚式の準備で忙しくて……後で話を聞きますので、病室に行っておい てください」 「はい。じゃあ二人とも行こうか?」  と、後ろに振り向きながら、少年と少女に微笑む。少女の方はミフィリアで、ベルゼル ガもよく知っていたが。あの少年は誰だろう、と思った。だが、今は結婚式の準備を進め なければならないので、その場を後にする。 「はい」  エレナの声を聞いた少年が答え、エレナの手話を見た少女は頷いた。  エレナに案内された病室はベットと小物を入れる棚があるだけの簡素な部屋だった。デ ィーは初めてここに来たので、きょろきょろと辺りを見回している。さしずめ、女の子の 部屋に入った気分なのではないのだろうか。あながち間違いではない。少女は十四歳の時 からここで生活しているからだ。  と、少女が身振り手振りで、何かディーに伝えようとしている。多少言葉は話せる様だ が発音がはっきりしないので、うまく聞き取れない。それに随分小さい声だ。発音は分か るが……声が小さいのは何故だろう。と、最後のごめんなさいという言葉だけは聞き取る ことができた。 「え、ごめんなさいって何で?」 「ミフィは昨日はぶつかってごめんなさいって言ってるんだよ」  と、エレナがミフィリアの気持ちを代弁する。 「あ、気にしなくていいよ。僕も悪かったんだし」 「気にしてないってさ」  両肩をすくめた後に、手話でディーの気持ちを代弁する。……何か疎外感を覚えた気分 だった。こんなにも相手に言葉が伝わらないのがもどかしいとは思わなかった。エレナに 少し嫉妬を覚える。帰ったらエレナに手話を教えてもらおうと思った。  と、ミフィリアが沈黙に耐えられなくなったのか、口を……いや、手を動かす。ディー の方に向かってだ……  何やらそれを見てエレナが驚いたような、寂しいような表情をした。 「?」 「……耳が治ったらアンタの声が聴きたいってさ」  疑問符を浮かべるディーに説明する。今度はエレナが嫉妬する番だった。だが、少女の 気持ちも当然だろう。と、エレナは思った。ディーはミフィリアの義兄であるルドにまる で生き写しだ。義兄に似ている彼の声が聴きたくてしょうがないのだろう。 「ミフィ……お姉ちゃんのは……?」  寂しげに呟いたエレナに向かって、ミフィリアが手を動かす。と、それを見たエレナが 突然椅子から立ち…… 「……ベルゼルガさんと話してくるよ」  と、言って出て行った。その様子を見てディーが口を開く。 「……エレナさん泣いてた」  それがとてつもなく不思議なことの様に呟いた。  ミフィリアはこう言ったのだ。 (お姉ちゃんの声はずっと覚えているよ。おはようの声も、おやすみの声も、私を呼ぶ時 の声だって、絶対忘れないように毎日思い出してるよ……)  そのミフィリアがごまかす様に照れた表情を浮かべながら、ディーの手を引っ張り、手 の平に文字を書き出す。 「お姉ちゃんは……すぐ……すぐ泣く?!あのエレナさんが?!」  聞き様によっては、随分失礼な言葉だが、普段よく見ているだけあって信じられないの だろう。だが、表情と口の動きで何を言ってるのか判断したミフィリアは事も無げに頷い た。 -------------------------------------------------------------------------------- 「ベルゼルガさん……ミフィ治るんですか?」  義妹にあの少年の声を聴かせてあげたい一心で、ベルゼルガに訊ねる。だが、ベルゼル ガは申し訳なさそうに…… 「前にも言いましたけど、彼女の状態は精神的な物で……そういうのには癒しの力が効か ない場合が多いんです……」  重苦しい言葉はエレナの胸を貫いた。  あたしはミフィに何もしてあげられないのだろうか…… -------------------------------------------------------------------------------- 「あ、シールズさん」 「ノルウェルさんご結婚おめでとうございます」  と、黒髪黒目の黒いタキシード姿の男性に向かって、シールズが軽く会釈する。なにや ら幸せいっぱいの顔だ。その隣にはウェディングドレス姿の女性がいて、こちらも幸せな 表情でニコニコしている。 「いやあ、あの時はお世話になりました」 「いえいえ、お二人のお役に立てたのなら光栄です」  軽く挨拶の様な言葉を交わしてから、二人がその場を後にする。と、シールズの隣にい るメルフィアがぼうっとした様な表情で呟く。 「いいなあ。私もああいうドレス着てみたいなあ……」 「いつでも着せてあげられるよ?」  と、シールズがニカッと歯を見せて笑う。気のせいか、口元が光ってる様にも見える。 「んー……口説きの台詞としては三十点だね」 「メルさん、点数厳しいよ……」  シールズが落ち込んでいると、入り口から見知った顔が二人出てきた。隣にいる少女は 誰だろうと、思ったが……今は見つからないようにしなければならない。 「メルさん、隠れて!」  二人が出てきた事に気づいてないメルフィアに声をかける。  出てきたのはエレナとディーで、隣にいる少女は、銀髪、赤い瞳に、身長はメルフィア よりも少し高いくらいだろうか。年齢は十七歳と言ったところだろう。 「へえ……あの子がディーさんの好きな人かな?」 「だろうな……なんつーの?お似合いって感じだな」 「だね」  二人が言うように並んでいると美男美女の恋人同士と言った感じだ。ディーに対する印 象も悪くないのか、ディーに向かって微笑みながら別れの手を振っている。ディーもそれ に照れた表情を返しながら手を振っている。 「まあ、偶然にも目的は達成されたけど……メルさん、これからどうする?」 「あ、剣士ギルド行かなきゃいけないんじゃなかった?私も付き合うよ」 「お、そうだな。じゃあ、行くか」  目的地を街の反対側の剣士ギルドに変えて、二人は歩いていった。 -------------------------------------------------------------------------------- 「エレナさん、ちょっといいですか?」  と、女性四人部屋の扉からひょこっと顔だけを出したディーが訊ねる。 「あ、うん。でも今はちょっと……」  と、共同部屋の主人達を見る。メルフィアとオプティだった。後、一人は何処に行って いるのか、今はいない。と、ディーの声を聞いたメルフィアがオプティを押しながら…… 「お、おい、何すんだよ、メル」 「いいからいいから」  二人で外に出て行った。ごゆっくりー、とでも言うように手を振るメルフィアを見なが らディーが部屋の中に入ってくる。そして、エレナがベットに座って、隣をポンポンと叩 いているのを見て、ディーもベットに座った。 「で、何かな?」 「んと、彼女の事なんですけど……」  大体言いたい事は分かる。たぶん自分に手話を教えてくれ、とでも言う気だろう。まあ、 それはかまわないのだが、と思ったが……実際は違った。 「彼女……音の精霊力がないんです」 「え……?」  考えていた事と違って、不意をつかれたエレナは、突拍子もない事でも聞いたように、 疑問符を浮かべる。音の精霊力?それがないために耳が聞こえないのだろうか?前はあん なに元気な声だったのに小さくなったのもそのため?色々な考えが頭をかけめぐる。だが、 ベルゼルガは精神的なものだと言っていたはずだ。 「いえ、あるにはあるんですけど、他の精霊力に押さえ込まれているというか……」  ディーが言うには人間の内部は精霊力で出来ているらしい。火の精霊力は体温、水の精 霊力は人間内部の水分、という感じだ。その精霊力を感じられる者だけが、魔法という力 を行使できるらしい。つまりは才能がなければ魔法使いにはなれないという事だ。この事 にベルゼルガや自分が気づかなかったのも無理はなかった。 「……その音の精霊力ってのは増やせるの?」  興奮した感情を抑える様に一度深呼吸してから、ディーに訊ねる。 「できますけど……」 「けど?」  言いにくそうに答えたディーに、エレナが先を促すように疑問を投げる。 「できますけど……音の精霊を使える魔法使いは滅多にいないんです」  もう一度言い直してから、先を続ける。 「火、水、風、地を四大精霊って言うんですけど、ほとんどの魔法使いは、それしか使え ない……というよりも使う必要がないので、覚えようとしないんです。実際僕も音の精霊 なんて使えませんし。普段は役に立ちませんからね……」  ディーが悔しそうに言う。エレナは協会に一人くらいいるのでは、と思ったが、効率を 重視する魔法使いにそんな無駄好きはいないらしい。 「と、なると覚えるしかない訳だけど……魔法書とかで覚えるんだっけ?」  エレナがうろ覚えの知識を披露する。 「その前に精霊と契約しなければならないんですが……音を付加する魔法は下位精霊の物 で十分なので、これに限っては幸運ですね。上位精霊になると契約が難しいですから」  かくいうディーも上位精霊は火のみしか契約していないので、水、風、地は下位精霊の 魔法しか扱えない。ファイアショックは使えるが、アイスウェーブは使えないといった感 じだ。 「なるほどね。で、何処で契約するのか分かる?」 「それもさっき調べたんですけど……地下遺跡みたいですね。入り口はナロウ湿原とルク レシア湿原にあるみたいです。内部で繋がってるのでどちらでもいいんですが、ナロウ湿 原の方が下位精霊と契約する場所には近いですね。ルクレシア湿原の方は上位精霊の方み たいですから」 「さっすが、ディークン。じゃあ、明日早速行こうね」  エレナが自分の弟を自慢するように言うと、ディーが何か言いたそうに…… 「?」  そのディーに対して疑問符を投げる。まだ、何かあるのだろうか? 「あの……僕に手話教えてください……」  彼は魔法使いにしては無駄好きの様だった…… -------------------------------------------------------------------------------- (また、この夢……)  夢の中にいる女はそう思った。 「アンタはここで隠れてなさい!」  切羽詰った様な少女の声。勇気ある少年。おびえた少女。そして、鎧を身に纏った騎士。  孤児院に無骨な騎士が三人入ってくる。その騎士に向かって威嚇するように短剣を振る 少女と、剣を正眼にかまえる少年。 「何の用?ここはアンタ達みたいなのが来るとこじゃないわよ!」  その質問には答えずに、フンと鼻を鳴らしたのは、あごに髭をたっぷりたくわえた初老 の騎士だった。隣にいる二人の騎士も嘲る様に笑っている。 「フフン、お嬢さんは状況が分かってないらしい」 「アンタ達の下衆な考えなんか分かるもんか!」  と、持っていた短剣を投げる。狙いは眉間だ。だが、あっさりと無造作に引き抜いた剣 によって短剣ははじかれた。 「無礼な奴だな」  と、無造作に距離を詰めてきた騎士が剣を上段から振り落としているのが、まるで、ス ローモーションのように…… 「姉ちゃん!」  と、横にいた少年がかばうように剣を差し出してくる。だが、少年の細い腕と、初老の 騎士の丸太のような腕では、腕力の差は歴然だろう。と、少年が剣を捨て、少女を抱きか かえるようにかばった。当然、抑える力の無くなった騎士の剣は…… 「ルド!!」  少年の体を斬り裂いた。容赦のない騎士は、それでも攻撃をやめようとしない。  少年の名を叫んだ少女は、少年の体を離すために必死になっている。このままだとこの 優しい少年は、死ぬまで少女をかばい続けるだろう。 「エレナさん!」  目の前の少年がそう少女を呼んでいる。 (エレナさん?ルドはあたしの事をそんな風に呼んでいただろうか……) -------------------------------------------------------------------------------- 「エ……エレ……エレナさん!」  あの夢を見た時にディーに起こされるのは、これで二度目だ。一瞬ディーの顔が義弟の 顔に見えたが、寝ぼけているのだろうと、自分を納得させる。 「ん……ディークン、おはよう」 「おはようございます」 「ごめんね……あたし朝弱くってさあ」  一度起きてまた眠ってしまったエレナは、言葉通り朝に弱い。寝ぼけた顔でふあぁーと 欠伸をする。目をゴシゴシとこすり、髪をかきあげる。 「ん……起こしてくれてありがとね。準備するから外で待ってて」 「はい」 -------------------------------------------------------------------------------- 「まあ、遺跡探索はあたしの分野だけど……守護者(ガーディアン)とかいるの?」 「どうでしょう?遺跡自体の守護者は分かりませんが、精霊の守護者は最初の契約者が死 ぬと、また精霊によって生み出されると聞きます。まだ、僕も守護者とは会ったことがな いんです」  四大精霊は協会の者が最初の契約をしてるそうだ。と、なると四大精霊に限っては契約 だけをすればいいことになる。だが、音の精霊は、使う魔法使いが滅多にいないことから、 前の契約者が死んでいることも考えられる。 「へえ……じゃあ、二人だけじゃまずいかな?(汗)」 「かもしれません……でも、彼女のためなら……」  何か決心したかの様に呟く。と、その言葉を聞いたエレナの表情が一変した。 「自己犠牲で自己満足?」  自分は今怒っていると自覚する。そして、ディーの顔と義弟の顔が重なる。どこまで、 この少年とあたしの義弟は似ているのだろう……容姿もさることながら、その優しい性格 までそっくりだ。 「え……?」  怒った様なエレナの声を聞いて、ディーが驚いた表情を向ける。今まで彼女に優しい笑 顔は向けられた事はあっても、怒った顔を向けられた事のないディーだ。それも当然だろ う。と、エレナはディーの疑問には答えずににっこりと微笑んでみせる。 「……ベルゼルガさんに頼みましょ。彼なら手伝ってくれるわ。いい?死なない事が大事 なの……誰かが死んだらミフィが喜ぶと思う?」 「はい……ごめんなさい」  何故か謝らなければならない様な気がして、ディーは頭を下げて謝った。 -------------------------------------------------------------------------------- 「湿原の地下遺跡?」 「ああ、どうやら二人とベルゼルガっていう奴、三人で行くらしいんだが……」  何やらこそこそと話をしている男女がいる。メルフィアとシールズだった。話の内容か らして、またシールズが盗み聞きでもしていたのだろう。 「ベルゼルガさんって、聖職者協会の司祭さんじゃない?」 「だよなあ……って、ことはあの子絡みか?」  と、いう推論に行き着く。だが、地下遺跡に何の用があると言うのだろう……どっちに しても気になる二人だった。あの時の様子からして、彼女は聖職者協会に住んでいると言 うよりは、病人として病室を借りている風だった。----彼女は患者服を着ていたからだ-- --と、言うことはなんらかの病気を治す特効薬でもあるのだろうか……それともその材料 か……いずれにせよ、無関係ではないだろう。 「気になるよな?」 「気になるね?」  二人とも恋人としては程遠いが、お節介焼きな所は一緒の様だった。 -------------------------------------------------------------------------------- 「で、地下って言っても何にもないんだけど、ホントにココ?」  あの後、ベルゼルガに頼みこんでついてきてもらったエレナが、ディーに訊ねる。周り はエレナの言うとおり、地下に降りる階段らしきものは何もない。柱が数本と、祭壇が一 つにその上に石版が置いてある。この石版が鍵なのだろうか?と、遺跡探索は何度か経験 があるエレナはそう思ったが、石版の文字が読めなかった。これは何語だろう? 「ええ、この石版が鍵みたいですね。ちょっと待ってください」  と、何やら本を取り出し、解読しているらしいディーが石版を上から順に目を通してい る。邪魔をしない様にディーから……というよりも石版から離れる。  と、ベルゼルガが柱に手を当て、じーっと見つめているのが目に入った。 「ベルゼルガさん?」 「これも文字みたいですね」  遠くからみるとただの模様のようだったが、なるほど、文字の様だ。だが、やはりエレ ナには読めない。後でディーに解読してもらおうと、思った時……後ろで何かが動く音が した。後ろを振り返ると、ゴゴゴゴ……という音を立てて祭壇が動いている。 「さっすが、ディークン。もう解けたの?」 「ええ、要約すると魔法使いが触れればいいだけみたいです。……文面はかなり長ったら しいんですけどね(汗)」  エレナに褒められたディーが、照れた表情を浮かべながら答える。さしずめ、姉に褒め られた弟の様だった。そのディーをちょいちょいと手招きして呼び寄せる。 「?」 「これ読める?」  疑問符を浮かべたディーに質問を返す。その文字を見て、ディーが少し驚いた様な表情 をする。そして、また先程の本を取り出し、解読し始める。 「これ、魔法書ですね……というより、その代わりですが。柱が壊れないようにかなり強 い結界も張ってありますし」 「へえ、じゃあ、この中に音を付加する魔法っていうのはあるの?」 「というより……この柱みたいですね(汗)」  今解読していた柱に手を当てながら、ディーがたらりと汗を流しながら言う。 「あら、随分あっさりだね。(汗)でもまあ、精霊と契約しないと駄目なんでしょ?入り ましょ」  エレナが二人に振り向きながら同意を求める。 「はい」 「そうですね」  三人でこつこつと石の階段を降りていく。一番前にエレナ、二番目にディー、最後はベ ルゼルガといった並びだ。罠が非常に多い遺跡の様な場所では、盗賊の力が発揮される。 彼らは力こそないが、暗殺や、罠解除などそういった分野に長けている。罠を発見する場 合はアクセサリーに頼らざるを得ないのだが……エレナの指には警告の指輪と呼ばれるア クセサリーがついてるようだ。  と、突然何を思ったかエレナが前方に短剣を投げる。と、投げた所に無数の剣が現れる。 「ここ避けて通ってね。あ、右の壁は罠だから、左を通って」  警告の指輪の恩恵で、罠の位置が分かるエレナが的確に指示する。  罠を解除しつつ進んで行く。遺跡自体には守護者はいない様だった。ただ、罠が異常に 多い。これだけの罠を仕掛けた奴は、どんな性格なのだろう?と、うんざりしながら進ん でいると、奥の方に部屋があった。 「フン、後一つか……」  三人ではない誰かの声が聞こえた…… -------------------------------------------------------------------------------- 「メルさん、ここみたいだぜ」 「うん」  シールズが指で示した所を見て、メルフィアが頷く。二人ともやはり気になったのか、 追跡してきたらしい。地下への入り口は開いたままだ。  二人とも無言で頷きあうと、石の階段をこつこつと降りはじめる。と、無数の剣が床か ら出ているのが二人の目に入った。自分がこの罠にかかった事を考えて、ゾッとする。 「……エレナが解除したのか?」 「……だね。感謝しないと(汗)」  と、無数の剣を避けるように、右の壁に手をつきながら……ガコンッ! 「ガコン?」 -------------------------------------------------------------------------------- 「フン、後一つか……」  三人ではない誰かの声が聞こえる。それと、声の違う不気味な笑い声。どうやら、二人 いるようだ。音の精霊は滅多に使われない物ではなかったのか?いったい、こんな酔狂な 場所に来るのは誰なのだろう?だが、先にこの二人が守護者を倒しておいてくれたのなら、 願ってもない事だ。危険を冒さずに済む。  そんな事を考えながら進んでいると二人の顔が見えてきた。一人はタペリ王国騎士団の 鎧を纏った初老の騎士。あと一人は魔法使いの様だ。フードを目深に被っていて、顔はよ く分からない。隣にいる男と一緒にいるという事は、宮廷魔術師だろうか?  と、エレナの琥珀色の瞳が初老の騎士に止まる。あごに髭をたっぷりたくわえた騎士だ。 一度城で会った事があるが、エレナはそのずっと前にも一度会っていた。 「あいつは……」 「あの人……」  同じ様な呟きをもらすエレナとディー。ディーもメルフィアの救出作戦の時に一度あの 騎士とは会っていた。騎士団を指揮していたのを覚えている。おそらくは将軍だろう。  と、エレナがその騎士に向かって、短剣を投げる。狙いは眉間だ。続いて、いつの間に 持っていたのか左の短剣も投げる。狙いは足だ。だが、初老の騎士はスッと横に体をずら しただけであっさり避けてしまった。 「……また、お前か」  三度会ってようやく顔を覚えたのか、初老の騎士が口を開く。と、横にいた魔法使いの 男に指示をする。 「お前は銀髪の男を殺れ……俺は女と魔法使いを殺る」 「よろしいので?ここにはもう用はないはずでは……」  明らかに不満顔と言った魔法使いが、その顔の通り不満を口にする。だが、初老の騎士 の顔が変わったのを見て訂正する、と同時に騎士の剣に氷の魔法を付加する。 「失言でした……」  話が終わったとみて、無造作に騎士がエレナに向かって、距離をつめてくる。何度も夢 に見た光景だ。ここで、上段から振り下ろすはずと見て、上に短剣を構える。思惑通り騎 士の剣は、上段から振り下ろされる。腕力では勝てないと見て、エレナが剣を受け流す。 いける……と、エレナは思った。自分はあれから強くなっているが、初老の騎士はもう運 動能力のピークを既に過ぎている。実力差が縮まった事もあるが、今はディーがいる! 「ディークン!ミサイルで援護して!」 「はい!」  指示されたディーがミサイルで援護する。ミサイルは下位精霊の魔法で、上位精霊と契 約する程の実力者であるディーは、詠唱など必要ない様だった。連続で撃ち込む。だが、 ディーのミサイルは炎のため、騎士の氷の魔法を付加した剣に霧散される。  それを見た魔法使いが驚嘆の声を上げる。 「なかなかやりますねえ。クックック」 「余裕を見せてる場合ですか?」  と、ベルゼルガが遠距離では勝てないと見て、一気に距離を詰める。司祭とはいえ、神 官戦士としての修行を自分はかなり積んでいる。近距離では負けないはずだ。  距離を離そうと魔法使いが、ミサイルを連続で撃ち込む。こちらもかなりの実力者の様 だ。おそらく水の上位精霊と契約しているのだろう。  だが、ベルゼルガが少しづつ距離を詰めていく。分が悪いと思ったのか、魔法使いがミ サイルを止めた。と、右手を前に突き出す。その指には指輪が光って…… 「なっ」  ベルゼルガが驚いた様な顔をする。当然だ。地面から出てきた手の様な物体によって、 足を止められてしまったからだ。地の上位精霊の魔法だった。詠唱も無しに使っている所 を見ると、おそらくアクセサリーのおかげだろう。 「ベルゼルガさん!」  エレナが悲鳴の様な声を上げる。 「クックック。人の心配をしてる場合ですか?」  と、先程のベルゼルガの口調を真似した様に……そして、愉快そうに口を開く。と、今 度はエレナに向かって右手を突き出す。エレナの足にも岩で作られた手の様な物体が現れ る。スピードで騎士を翻弄していたエレナの足が止められて、一気に形勢が逆転する。 「エレナさん!」  今度はディーが悲鳴の様な声を上げる。  と、その間にも騎士が距離を詰めてくる。ディーがなるべく近寄らせない様に、ミサイ ルを連発するがあっさり霧散される。距離を詰められ、上段から剣を振り下ろされる。短 剣によって受け止めたエレナだが、騎士の腕力の方が上だ。おそらくはそれが狙いだった のだろう。少しづつ押されている。もう駄目だ……と思った時…… 「エレナさん!」  ディーの声がやけに近くで聞こえたような気がした…… 「……え?」  ディーがエレナを抱きかかえるようにかばう。短剣が床に落ちた音がやけに大きく聞こ えた。と、抑える物のなくなった騎士の剣は…… 「ディークン!!」  少年の体を斬り裂いた。エレナはディーを離そうと必死になっている。と、ディーの顔 が義弟の顔と重なった。 (また、あたしの前で義弟が死んでしまう……嫌だ、絶対嫌だ!)  それはエレナにとってもっとも恐れていたことだ。 「ディークン!離して!このままじゃ……このままじゃ、アンタが死んじゃう!」 「死なないのが……大事だって言ったのはエレナさんじゃ……ないですか」  もう気絶しそうな痛みだろう。だが、ディーはエレナの体を離そうとしない。  と、突然騎士の方に短剣が飛んでくる。 「む……」  あっさりと弾き返す。だが、初老の騎士を怯ませるには、十分だった。続けざまに、男 が飛び出してきて自慢の双剣を繰り出す。と、エレナ、ディー二人と初老の騎士の距離が 離れた所で男が声をかける。 「男だぜ、ディー。よくやったな」 「こんな格好じゃ全然しまらないね(汗)」  二人の声はボロボロの格好のシールズとメルフィアだった。おそらく、罠にかかったの だろう。かなり疲れた様な口調だ。  いつの間にか自分の足に魔法解除のリリースをかけ、駆け寄ってきているベルゼルガも いる。 「五対二……クックック。いえ、そこのボウヤはもう駄目でしょうから、四対二ですか… …少々分が悪いですねえ。将軍ここは……」 「仕方あるまい……」  と、言って魔法使いの方に近づく騎士……手を掴んだところで、魔法使いが手をかかげ る。その瞬間……二人の姿がかき消えた。 -------------------------------------------------------------------------------- 「ベルゼルガさん!ディークンが!」  エレナがボロボロに涙を流しながら、ベルゼルガに助けを乞う。 「分かっています!」  エレナにかかっていた魔法をリリースで解き、ディーを寝かせたベルゼルガが言う。 「大丈夫。傷はそれほど深くありません。おそらくシールドの魔法を使ったのでしょう」  エレナ、メルフィア、シールズが見守る中でディーの傷口が少しづつ癒えていく。 「ふう、これで大丈夫ですよ」  立ち上がりエレナに向かってにっこりと微笑んで見せる。  と、それが聞こえなかった様に、エレナがディーの心臓の鼓動を確かめる様に胸に顔を 当て…… 「ディークン!ごめん……ごめんね……」  彼女は人目も気にせずボロボロに泣いた…… -------------------------------------------------------------------------------- 「君を……治して……みせる」  覚えたての手話を使いながら、少女に話しかけているのはディーだった。  驚いた顔のミフィリアにエレナが説明してみせる。ミフィリアには音の精霊力が足りな い事、それを知って音の精霊と契約するためにディーが苦労した事、音の精霊力を付加す ればミフィリアの耳が治る事……  ディーがエレナの方を振り向き、それに合わせエレナも頷いて見せる。ディーが頷き返 した後、魔法の詠唱に入った。ディーの手が白い輝きに包まれる……その手でミフィリア に触れた。彼女の体が白い輝きに包まれた…… -------------------------------------------------------------------------------- 「アンタはここで隠れてなさい!」  切羽詰った様なお姉ちゃんの声、勇気のあるお兄ちゃん、怯える私。そして、鎧を身に 纏った騎士。  私は奥の部屋に隠れながら、怯えていた。三年も前の事だが、つい最近の事のように覚 えている。と、お姉ちゃんの声が聞こえてきた。 「何の用?ここはアンタ達みたいなのが来るとこじゃないわよ!」  怒った様なお姉ちゃんの声……私はこんなお姉ちゃんの声を聞いたのは初めてだったか もしれない……いつも、私には笑顔を向けてくれたお姉ちゃん。こんな声なんか聞きたく なかった…… 「フフン、お嬢さんは状況が分かってないらしい」 「アンタ達の下衆な考えなんか分かるもんか!」  知らない人とお姉ちゃんの声…… 「無礼な奴だな」  そして、少し遅れてさっきの知らない人とは違うけど、また知らない人の声が聞こえて くる。と、その時大好きなお兄ちゃんの声が聞こえてきた。 「姉ちゃん!」  いつものお兄ちゃんの声と違う、悲鳴の様な声……いつも、私に笑顔を向けてくれたお 兄ちゃん。こんな声なんか聞きたくなかった…… 「ルド!!」  今度はお姉ちゃんの悲鳴の様な叫び……私の耳は、なんでこんな声を聞かせるの?聞き たくない……聞きたくないよ!! 「君を……治して……みせる」  と、突然知らない人の声が聞こえた。お兄ちゃんの優しい声に似ているけど、でも、違 う人の声……そうだ、私はこの人の声が聴きたかったんだ…… -------------------------------------------------------------------------------- 「……」 「……終わったの?」  と、エレナはディーに聞いたのだが……耳の聞こえない少女が答えた。 「お姉ちゃんの声が聴こえる!聴こえるよ!」  発音はたどたどしい感じだが、声の大きさはしっかりした感じの声になっていた。少女 の赤い瞳から涙が零れ落ちる。 「ありがとう!ありがとう!」  ありがとうと繰り返す少女に向かって、ディーがにっこりと微笑む。 「どういたしまして」  少女が初めて聴いた少年の声は、義兄にそっくりだった…… エピローグ 「お姉ちゃん……」  星の瞬く静かな夜……誰もいない孤児院を、物思いにふけながら見ていたエレナが、声 のした方向に振り向く。あれから一ヶ月が過ぎて、大分発音も元の調子に戻ってきている ミフィリアだった。 「ミフィ……どうしたの?」 「あのね、お姉ちゃん……相談があるんだけど」  そういえば、最近同じ様な年の子に相談を受けた覚えがあるなと、思って、少し微笑む。 「ん……何?」 「私好きな人ができたの……」  そういえば、最近同じ様な年の子に同じ様な相談を受けた覚えがあるなと、思って、ま た少し微笑む。と、その笑顔を見てミフィリアが勘違いしたらしく…… 「あー、ひっどーい。お姉ちゃん笑ったー」  不満そうに口をとがらせる。 「ごめんごめん……で、相手はハイペリオンの奴?」 「う、うん。よく分かるね」  分からない訳があるのだろうか?我が義妹ながら、どこか抜けていると思う。 「当ててみせようか?」 「う……うん」  ちょっと戸惑った様な顔をしてから、ミフィリアが頷く。 「ディークンでしょ?」  ニヤニヤしながら答えるエレナにミフィリアが驚いた表情を見せる。 「えええええーーーーーーー!なんで分かるの?!」  分からない訳があるのだろうか?我が義妹ながら、やっぱりどこか抜けていると思う。 「……大丈夫。ディークンもアンタの事好きだから……」  今度は馬鹿馬鹿しいと言った感じの口調で答える。まあ、多少ルール違反だとは思うが、 この二人だと進展しそうにないので、姉である自分がなんとかしてやらなければ…… 「ええええええええーーーーーーーーーーーー!」  先程よりも一層大きな声で驚くミフィリアに、シーっと言った感じで、人差し指を口元 に当てる。 「ミフィ……声が大きい」 「ご、ごめん……でも……」 「?」  疑問符を浮かべるエレナに、躊躇したように一回言葉を止めてから…… 「私だけが幸せになっていいのかな……」 「……え?」  それはエレナにとって意外な言葉だった。そんなのはいいに決まっている……幸せにな りたくてもなれない奴がいるんだから、なれる奴は絶対なったほうがいい……と、思った。 なれない奴とは誰の事だろう……と、考えると……ああ、なるほど。自分の事か、と思い 当たった。それを心配してるのだろうか? 「アンタだけじゃないよ?あたしの弟と妹が幸せになれる……」  と、にっこりと微笑んで見せる。これは本当だ。二人とも血は繋がってないが、本当の 兄弟の様に接して来た。二人が幸せになるのならそれは歓迎するべき事だ。 「で、でも……」 「ああ、もう!うるさいなあ……ごちゃごちゃ言ってるとあたしがディークンとっちゃお うかなあ?」  ニヤニヤしながらエレナが冗談とも本気ともつかない言葉を言う。 「それは駄目!!」 「プッ……クックック。冗談だよ、冗談。ほら、じゃあボケっとしてないでディークンと こ行ってきな」 「……う、うん、ありがとうお姉ちゃん」  たたたっと、駆け足でディーのいるハイペリオンのアジトに戻っていく。  一人になって……好きだった人が死んだ孤児院を見上げる。 「……なんだか弟と妹をいっぺんに取られたみたいで寂しいね……」  彼女の言葉は誰かに聞かれる事もなく、彼女の涙と一緒に夜風に消えていった。 あとがき  ラブコメまんせーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!というわけでハイテンシ ョンで始まりました今回のあとがきです。(爆)まんせーとか言ってますが……実はラブ コメ書いたの初めてなんですよねえ。(自爆)  ていうか、エレナ不幸すぎだろ。_| ̄|○ 最後は幸せになってほしいです、うん。自キ ャラだしね。(笑)って、今後の展開は作者にも分かりません。相変わらず思いつきで書 いていますので……(汗)  そんで、今回の一番の失敗が……ガディウスが大陸だってこと。なんか、キャラ簡単に 街移動してますねえ。_| ̄|○ これじゃあ、小島じゃん。(汗)誰かに突っ込まれる前に 自分で突っ込んでみました。(爆)まあ、この小説はオリジナルの部分も多いんで、大目 に見てくださいませ。私の小説の中では小島だと……(切腹)  今回たくさんの人に叱咤激励をもらいました。(笑)ええ、初めてのラブコメなのにか なりのプレッシャーでした……やめてください!(自爆)じょ、冗談ですよ?皆さんのお かげでよりよい作品になったと思います。うん。  では、三話でまたお会いしましょう……いつになるんだろうねえ。(^^;